2010/07/07 20:23
mikio
2010年7月31日付けで株式会社ミクシィを退職することになり、有休消化により、本日が最終出社日となった。ウェットな感じはキャラじゃないので、さりげなく去っていく予定であったが、同僚の皆様にお集まりいただいて素敵な花束やお言葉などいただいて感無量である。その場で感動的なスピーチを披露すればよかったのだが、長時間いると感極まりそうだったので、言葉少なに失礼させていただいた。でも、せっかくなのでこの場にて感謝の言葉を述べさせていただこう。
2006年6月1日に入社してから、サーチエンジンやデータマイニングシステムやそれらのためのストレージモジュールを作ることを自らの課題にしていた。その傍ら、mixiの検索機能やその他の機能のサービス開発に携わるとともに、研究開発グループという小さなグループのマネージャを務めて今に至る。そういった中で、同僚の皆様には公私ともに多大にお世話になった。「今の私があるのも」とか言えるほど私は大した人物ではないが、こうしてささやかに社会生活を送っていられるのは皆様のおかげに他ならない。この4年の間、不躾なキャラに辛抱強くお付き合いいただいた皆様に改めてお礼を申し上げたい。本当にどうもありがとうございました。
kazeburoさんと同日入社だったが、その時点でバタラさんtatsumaさん小山さんbonnuさんbonarさんharakachiさんpiarraさんあたりがアプリケーション開発をやっていただろうか。彼らにPerlのイロハを教わりながらmixiの検索機能をひとつひとつ作っていったことをよく覚えている。自作のエンジンをサービスインさせた数分後にサーバが負荷に耐えられずに落ちてしまって泣きそうになりながら対策を施したのとかを思い返すと懐かしい。その後にも続々入ってくる気鋭の面々に刺激を受けながら、Webサービス開発の面白さを実感する日々であった。この4年間を振り返って最大の収穫は、優れた同僚の皆様と出会えたことだと思う。
そんなこんなで苦労しつつも検索系のお仕事を精力的にこなしていた間、当時あったmiklyという企画コンテンツの担当者の女性となぜか仲良くなり、なんやかんやで結婚までしていただいた。真の最大の収穫はこの事象とも言えようか。で、彼女と付き合い始めたばかりの頃に、ニュージーランドからやってきた謎の男tmaesakaさんと仕事をすることになり、その勢いで研究開発グループという部署が作られることとなった。それ以前は俺一人が「研究開発エンジニア」とかいう謎の肩書きだったのだが、ここからグループの歴史が始まったわけだ。
その後、セミナー全国行脚で出会ったshunyaさんをはじめ、fujimizuさんlyokatoさんtakahi-iさんという俊英に加わっていただき、「データストレージ」「データマイニング」「データインターオペラビリティ」というコンセプトで各種のミドルウェア的な仕組みの研究開発をしつつ今に至る。研究開発と言いながらアカデミックなことよりもベストプラクティスを探る活動が多かった気がするが、自らの仮説を実際のデータを用いて検証する活動を続けられたことは大変有意義だったと思っている。また、そうして考案したアルゴリズムや実装したシステムを実運用のサービスに組み込んでユーザの皆様からの反応を見られたこともよい経験になった。
個人的には、Hyper EstraierやTokyo CabinetやKyoto Cabinetなどの一連のデータ処理ライブラリをオープンソース製品として世に提供し、自社や他社で広く使われたことを誇りに思っている。手前味噌ながら、模倣すべき良いコンセプトや克服すべき問題点を、そこそこのレベルの実装として紹介できたと思う。私の製品を実際のビジネスに活用している人もいるし、私の製品をベンチマーク対象としてより良い製品を考案しようとしている人もいる。そして、彼らから得られたフィードバックを元にさらに実用的な製品開発を行って自身と組織の技術力とプレゼンスを高めるという活動ができたことが有意義であった。そういった活動をさせてくれたミクシィ社にも改めてお礼を申し上げたい。
その他、振り返るととても書ききれないたくさんの事案があるわけだが、まあともかくいろいろ経験できて面白かった。じゃあなんで辞めたのかという話は敢えて書かないけれども、辞めたからには今までできなかったことをこれからはやっていこうと思う。ちなみに、再就職先はまだ決まっていない。しばらくニート状態で開発と勉強をしながら、就職するか起業するかを模索していく所存である。
最後に非業務連絡。
- 研究開発グループの皆様:近いうち、グループ飲みしましょう。
- 焼き鳥の会の皆様:学芸大学、中目黒、渋谷、新宿あたりで開催お願いしまっす。
2010/04/29 17:34
mikio
娘の髪が伸びてきたので、ちょんまげの如く頭頂で結んでいるのだが、まるで「いっき」の主人公「ごんべ」のようになっている日々がしばらく続いた。
これじゃあ可哀想だろうということで、ヘアピンに変えたら、やっと女の子らしくなってきた。
「ずりばい」が始まった。まだお腹を床につけたままの匍匐前進風ハイハイ。それでも移動できるようになったのは脅威。寝返りで移動できるようになったと思いきや、すぐにずりばいを会得し、もはや自由自在に家中を探索し、全てを食べようとする怪獣に。でも俺や妻のいるところに寄ってくる姿がとても愛らしい。危ないからと寝室に閉じ込めるとドアのところまできてノックしまくるというあたりに知恵を感じる。
離乳食は1日2回になった。パンのミルク煮とバナナのすり潰しと苺のすり潰しが主食であるが、そろそろレパートリーを増やさないといけないらしい。炒り卵を食べさせてみたのだが、全身に蕁麻疹が出て顔中腫れ上がる騒ぎに。吐き出してからしばらくしたら治ったけども、妻はひどく狼狽していた。無理もない。単なる一過性の拒絶反応なのか真性アレルギーなのかはまだわからないが、新しい食べ物を与える時には注意しなくちゃ。
それ以外は至って健康で、昼は児童館や近所のボランティアの方々が運営している遊び場に妻に連れていってもらっている。外でも家でもテンション高く遊んでいる姿はたのもしい。というか、夜泣きの対処で睡眠不足な中でも盛んに外に連れ出してくれる妻の努力には頭が下がる。いつもありがとう!
その他にも成長著しく、できることも飛躍的に増えてきた。
- 下の歯が、ちろっと生えてきた。噛まれるとすげー痛い。
- 「あーちゃん」という言葉を発するようになった。おそらく自分の「なっちゃん」と妻の「はっちゃん」が混ざったものだと思う。
- 離乳食をあげる際のスプーンをつかんで自分で口に運ぼうとする。
- 積み木やぬいぐるみやその他のガラクタで一人遊びができるようになった。解説風の謎の言葉を発しながら。
4月から裁量労働制になったので、なるべく娘と過ごす時間を作りたいと思う。が、実際には仕事も勉強もしなきゃならんので、そうもいかなかったりもする。業務評価はより厳しくなるはずで、にもかかわらず時間に融通が利くからと家のことにより多く時間を使ってしまうと、結局寝る時間を削るしかなくなるという帰結になる。あたりまえだけど、時間帯をずらせるというだけで、使える時間自体が増えているわけじゃないんだね。うまく効率化してやってかないと。
2010/03/19 01:31
mikio
離乳食も順調に進んで、細切れにした苺やパン粥や摺りおろし人参などを美味しそうにパクつく夏生さんである。健康そのもので素晴らしい。ただ、夜泣きがひどくて主に妻を大変手こずらせているのが心配である。
一昨日の朝、ストレスが溜まった妻についに激切れされ、俺が家事を手伝わないことや思いやりが無いことなどを叱責されて、返す言葉もない次第である。いつもすみません。お詫びと反省をかねて、昨日は仕事を休んで、俺のみで夏生さんを子守する日にした。
散歩に出ることにし、せっかくだから我が故郷を見せようと所沢まで連れて行った。西武新宿線に揺られて小旅行気分。夏生さんもご機嫌で、こぶし団地の昭和の匂いを感じたり、既に見知らぬ家に建て替えられている実家の跡地で感慨に耽ったり、航空公園の芝生で寝っ転がったりして休日を満喫した。
だが、帰りが大変だった。空腹と眠気でぐずり出す赤子。ベビーカーに置くとすぐ泣いてしまうので片手で抱っこしつつ、残った手でベビーカーを押して移動。その状態で階段を上がったり改札を通ったりするのが超つらい。電車の中でも置くと泣くのでずっと抱っこしつつ揺らしてやらにゃならんし、その間も混雑した電車の中でベビーカーの場所を確保せにゃならんし。渋谷で乗り換えるにあたっては人ごみを縫って歩かねばならないのだが、片手でのベビーカーの操作ではおぼつかずに前を歩く人の踵を踏むこと3回。あやまりまくり。既に10kgに迫ろうかという重さでかつ自律的にクネクネして重心の定まらぬ物体を抱えて何時間も移動し続けるのだ。家につく頃には腕が上がらないほど疲労していたし、何より精神的に衰弱していた。これを毎日やっている妻には本当に頭が下がる思いである。
ということで、これからはちょくちょく男の育児デーを作って、大変さを再認識する機会にしようと思う。
2010/02/27 23:34
mikio
家によく人が遊びに来てくれるせいか、生後半年過ぎて普通は人見知りが始まる時期であるが、全然そんなそぶりがない。このまま人懐っこい感じで育ってほしい。その他、できるようになったこと。
- まだ完全ではないが、腰が据わってきて、10秒単位でお座りができるようになった。
- 歯が生えそうなのかどうか知らないが、やたらと口にものを頬張って歯軋り的なことをする。
- 特ににパーカーやジャージの紐のようなものが好きらしく、抱いているとそれをつかんで頬張る。
- 下唇を噛みつつ、プププと息をする不思議な動作を伴う。
- ついに哺乳瓶を自分で持ってミルクを飲めるようになった。親としてはだいぶ楽だ。
- 積み木などの大きい玩具を掴んで遊べるようになった。
- 一時期尋常でなく酸っぱい臭いがした大便が普通に戻った。
- というか、離乳食のおかげで、大人のような臭いに近くなってきた。
- 笑顔を見せる回数が飛躍的に増えてきた。
- 眠いと目を擦るようになって、寝かしつけのタイミングがわかりやすくなった。
- 他の赤ちゃんと合わせると、ボディランゲージで意思疎通らしきものをするようになった。
2010/02/14 22:38
mikio
土地は決まったので、街歩きの目的が変わり、家を建てるにあたって参考になる素敵な家を探しにいくというものになってきた。ついでに夏生さんを連れ出して外の風に当たらせるとともに社会を学ばせるというのもある。
まずは、近日ご結婚される同僚の住んでいる喜多見へ。駅前はすごく賑わっているわけではないが、生活に必要な店がありつつ閑静で車通りも少なくて素敵。でもって住宅地を歩いても閑静で、どの家も上品で住みやすそうである。同僚の家もチラ見したが、広さや立地の素晴らしさに驚いた。表札も素敵。
隣の成城学園に移動。ここは、すごい。というか日本一すごいんじゃないだろうか。駅ビルも綺麗に整備されていて駅前に成城石井本店とかあって活気があっていいなあと思いつつ、視界に入った並木道に来てみると、そこは我々の知る住宅地とは別世界であった。松涛やら下馬やらもお高そうな家が並んで驚くが、ここ成城学園はそれらよりも頭抜けてすごい。田園調布が広くなった感じ。「僕らが買った土地なんてこの家の駐車場より狭いね」とかいう笑えない事実を解説されながら、夏生さんは生後6ヶ月で早くも格差社会について学んでしまうのであった。はぁ。